肥田式強健術・聖中心道の鍛錬記ブログです。肥田先生は第二次世界大戦後、第三次世界大戦に向けて宇宙倫理の書を書かれている。何故書かれたのか。その意味は?宇宙は1つなる生命体である。1つの生命体の中に争いをは存在はしないことを云われたのだろうか?焼失してなくなりましたが。それを紐解いて行くブログです。
2023年10月27日金曜日
すべては1つ
生老病死は実在しない
宇宙には生老病死は存在しない。生老病死が存在するのは現象界である。幻想界にのみ存在する。
人間は実在しない現象結果であるにも関わらず、見える現象をあると信じてしまっている。
これが迷い道に入ってしまう原因である。
お釈迦様は生老病死の四苦の現象から入った為。仏教はどうしても現象から抜け出しずらい。キリストは天からお説きになられたが、仏陀は地からお説きになられているため、現象に囚われやすくなってしまっている。
キリスト教もイエスを崇めている。仏教も仏陀を崇めているが、誰もがキリストであり、仏陀なのである。皆、偶像崇拝になり、神、仏を外に求めさせられている。
神、仏を外に求めさせられる為に現象から求めるようになる。
原因、結果の法則であり、現象は結果であり、人間は現象、人間を顕しているものが本当の自分なのです。原因は神、仏である。自分の中に神、仏が宿っている。
外に求めるなかれ、汝の神、仏は汝自身なり。
外に神、仏を求める為の生老病死の四苦に囚われてしまうのである。
人類がこれを克服できれば地上天国を造ることができる。爭いのない天国の世界。
外に神、仏を求める為に対立、争いが起きる。宇宙は1つなる善の世界、現象界は分離感の世界。1つのものを善悪の分離にさせたのは人間なのである。
死の克服
永遠なる宇宙には死は存在しない。死は現象界にあるだけである。
現象も生命の化身であり、見えるものも見えないものもすべて霊であり、物質と思われているものはすべて霊である。幽霊ではない。生命のことを霊と云っているのである。
人間と思っているのは生命の顕現道具を自分と錯覚しているだけなのである。見えるものは現象であってすぐに変化して元に戻ってしまうものを、自分と勘違いをして自分で勘違いをし、自ら自縛しているだけなのである。この現象に囚われ、常に変化して止まない現象にしがみついて仮相の実在しない人間を演じているだけである。
この現象から抜け出すことで、死から解放される。意識の切り替えで行う。
人間は万物の霊長であり、宇宙力を地上界に降ろす使命が与えられている。
仮相界の波動を上げるお役目の為に遣わされているのである。この世で豊かな生活をする為ではないのである。消え行く世界で何をすべきなのか1人、1人が考えなければならないのである。現象界の悩み事相談をいくらやっても意味はないのである。