宇宙は1つなる無限生命、普遍生命であり、1つの生命の中に2つは存在しない。
見えるものは見えないものの顕れであり、これをあると思う心が分離感の見方をしてしまう。
この分離感が1つの中に仕切りを勝手に造り、変化して止まない現象を自分と錯覚し、永遠なる1つなる生命の中に存在しないものを作り上げてしまう。
これが対立、争いの火種になって行く。現象は実在していないのだから、問題はないのだが。
現象に意識を向けると天地のバランスを崩すため、天変地異の危機を生み出してしまう。
肥田式強健術・聖中心道の鍛錬記ブログです。肥田先生は第二次世界大戦後、第三次世界大戦に向けて宇宙倫理の書を書かれている。何故書かれたのか。その意味は?宇宙は1つなる生命体である。1つの生命体の中に争いをは存在はしないことを云われたのだろうか?焼失してなくなりましたが。それを紐解いて行くブログです。
宇宙は1つなる無限生命、普遍生命であり、1つの生命の中に2つは存在しない。
見えるものは見えないものの顕れであり、これをあると思う心が分離感の見方をしてしまう。
この分離感が1つの中に仕切りを勝手に造り、変化して止まない現象を自分と錯覚し、永遠なる1つなる生命の中に存在しないものを作り上げてしまう。
これが対立、争いの火種になって行く。現象は実在していないのだから、問題はないのだが。
現象に意識を向けると天地のバランスを崩すため、天変地異の危機を生み出してしまう。
宇宙は三位一体の完全バランスの世界。
霊界、気体の世界、高バイブレーションの世界。
これが本源本質の神1元の世界。
この高バイブレーションが宇宙の本源本質であり、見える現象はこの本源本質から現象化される。
宇宙は霊界であり、物質界ではないのである。
見えるもの、見えないものすべてが霊なのである。宇宙生命は霊なのである、現象も霊なのである。霊は大気でもある、気体の世界が宇宙なのである。
人間は仮相であり、現象である。この消え行く現象をあると錯覚し、仮相界に身を置いている為、実在しない生老病死の四苦に囚われ、自縛している。
本来の使命はこの現象を生きることではないのである。やるべきことがあるのである。
卵は食べる為に存在しているのか?それともひな鳥の生命なのか?
人間も外の形が自分なのか?内なる生命が自分なのか? なのである。
キリストは云われるように肉に生きるは死ということはひな鳥にならず、卵のままで孵化しない状態でいたいのか? 卵の殻を自ら破り、ひな鳥になって行くのか?
これは自由意志である。卵の状態ではまた再生されてくる。ひな鳥になるまで。
人間はひな鳥にならず、殆どのものが、卵を選び、現象界で豊かな生き方を追い求める。
仏陀が云われるように、肉体は生命の乗り船であると云われている。乗り船に生きてはならないのである。乗り捨てるものである。