宇宙は1つなる根源、無形無双の生命エネルギーが実在しているのみ。
この無形無双の生命を神、仏、と呼んでいる。
無形無双の1つなる宇宙生命、神、仏が八百万の神を顕している。
神が外に居て現象を顕しているのではなく、神、仏が現象の中で八百万の神を顕しているのである。
原因、結果の法則。原因、結果は1つである。
原因なる神、仏が様々な形態を造り、その中に宿り、現象を顕している。
外なる神が現象を顕しているのではなく、内なる神が現象を顕している。
現象の中には必ず神、仏が宿っている。これから神、仏になるのではなく、初めから神、仏が宿り、現象化させているのである。天国は汝の内にあり。神は汝の内にありと云うことになる。
神、仏を外に求めていては神を見つけることはできない。また神は内にあると云いながら、神と自分を分離してしまうものまで出てくる。神と現象は1つである。神は人なり、人は神なりである。
これから神になろうとしてもなれない。我は初めから神であり、神が神に成ろうとしてもなれない。得ようとするものは奪われる。
肥田式強健術・聖中心道の鍛錬記ブログです。肥田先生は第二次世界大戦後、第三次世界大戦に向けて宇宙倫理の書を書かれている。何故書かれたのか。その意味は?宇宙は1つなる生命体である。1つの生命体の中に争いをは存在はしないことを云われたのだろうか?焼失してなくなりましたが。それを紐解いて行くブログです。
2024年3月26日火曜日
現象は神、仏が顕している
神は自ら造る媒体を通して顕われる
宇宙は神1元であり、神以外実在しない。
無形無双の神が八百万の神を分霊を通して顕している。
人間は万物の霊長であるということは知っていてもすべてが霊であることまでは考えない。
宇宙は霊体であり、霊が様々な形態を造り、霊がその中に宿り、現象化されている。霊が形を止っているのであって形は現象として見えているだけなのである。
自分の中に神が宿っていると思っていても神と人間は別で一体になるという考え方になってしまう。
素直に神のみが実在していると思うことができれば、すべては神であることが理解できる。
原因結果は同じもの1つであることが中々認められない。人間は神とは別物であると信じて、現象から神を見てしまって人間は神の現象であることを認めない。
聖書にあるように
すべてのすべてありてあるものは神であると云っても中々理解できない。
人間が動いているのではなく、神が形態に宿り、神が働いているのである。
卵は人間が食べる為のものではなく、卵の中のヒナが孵化するためのものであり、人間も内なる生命、神が光を顕現する為にある神の顕現媒体が人間なのである。
2024年3月25日月曜日
観自在 無碍自在の我
宇宙は1つなる無刑無双の霊体である。観自在、無碍自在の世界、自由自在の世界である。
この霊界のみが実在している。これが宇宙の根源である。
この根源エネルギーが宇宙の全知全能の力であり、知恵であり、創造の原理である。
宇宙は1つであり。すべてが霊であり、神であり、仏であるということである。
神、仏は1つなる生命が現象化させる力であり、知恵である。宇宙の根源生命エネルギーである。
この根源生命エネルギーによってすべての万象万物に生命が宿り、具現化されている。見えるものすべてが神の具現である。「すべてのすべてありてあるものは神であり、仏である」
生命エネルギーによって現象化している万象万物は生命の完全バランス、愛の法則によって現象化されている。
原因は完全、結果も完全であるが、これを不完全にさせているのは造られた現象をあると信じる心が完全なる現象を不完全にしている。
観自在、無碍自在の我が現象の我を自分だと錯覚するとバランスを崩す。現象をあると思う心が分離感を生み、アンバランスを起こし、肉に死ぬことになる。肉に死ぬとまた人間に再生される。
人間に生きるは宇宙の法則違反、罪人である
宇宙は1つなる生命であり、1つなる生命が様々な形態を顕し、1つなる生命が形態を通して生命活動をしている。現象が生きているように見えるが実際に生きているのは見えない生命なのである。
人間は生命の顕現媒体であり、顕現媒体に生きようとすると形態バランスを崩してしまう。顕現媒体に生きることが善悪の木の実を食べるということである。生命に生きることが善なのである。
完全に造られた神の被造物を不調和にさせ、崩壊させてしまう。これは法則違反であり。罪である。人間に生きるとは罪に生きることになる。
宇宙は全知全能の神が顕現しているのであって人間は全知全能の神が顕現媒体として顕れているだけなのである。
人間が居て科学技術を発達させているではないかと云うがすべて神の御業なのである。人間には何の力もないのである。
肉体を通して御業を成しているのは神である。錯覚なのである。
宇宙は完全完璧なる生命であり、神であり、神は学ぶことはないのである。顕すだけなのである。その媒体として神によって人間と云う形態が現象化しているのである。神の全知全能の力、知恵を顕現させる為に造られた顕現道具が現象人間なのである。
2024年3月24日日曜日
生命は光り 人間は光りを顕現する媒体
宇宙には姿、形は実在していない。無形無双の霊光のみが実在している。見えるものはすべて1つなる霊光の現象である。人間は万物の霊長であり、すべては霊光の化身である。
すべてのすべてありとあるものは霊光の化身である。霊光が化身を顕しているのであって見える現象は霊光の顕れである。人間も原因なる霊光の結果現象であり、故に肉体は実在していないため、消えて普遍原質に戻る。宇宙は不変不動の1つなる生命体である。
宇宙の本源本質は霊光であり、生命である。こ゚の生命が原因なき、原因。愛の法則、創造の原理、全知全能の力、知恵である。
人間は光りの顕現させる媒体として生命によって造られた生命の宮である。
仮相人間が現象の肉に生きようとするとバランスを失い、低波動のため、輪廻が繰り返される。生命の実相に戻るまで。
神は人なり 人は神なり
宇宙には1つなる生命のみが実在している。
見えるものは1つなる実在の化身である。
万象万物はすべて現象、人間も現象なのである。
人間がいると思う心が善悪の心を造り出す。宇宙には現象は実在しない。1つなる生命が実在し、現象を顕している。1つなる生命が化身として顕れている。人間は神に似せて造られた。人間は神の顕現道具として神によって造られている。人間と思っているのは神の顕現道具を自分と錯覚しているだけである。人間は仮相であり、実在しない。見えるものはすべて仮相であり、実在していない。消え行く存在である。実在とは永遠であるということである。人間は神によって造られている。神によって造られている現象媒体を人間と誤診していることを悔い改めなければならない。
人間と神がいるのではない。神のみが実在している。宇宙は神一元の世界であり、神と人間がいると思う心、実在しない善悪の心を自ら造り、自らを自縛させている。この二心が輪廻になり、また人間に再生されてしまう。宇宙に実在しているのは神のみである。
原因は神であり、結果も神なのである。神が造り主、造られた現象、人間も神である。
人間は神の顕現媒体として神によって造られている。神の働く顕現道具なのである。
この現象道具を神と一つに霊化し、神の生命エネルギーを顕現させる。そのために神が現象化させている。
すべての見えるものはすべて神の生命エネルギーを顕現する媒体として顕れている。
2024年3月23日土曜日
神、仏が様々な現象を顕している
宇宙は1つなる真理であり、神であり、仏である。1つなる生命は真理であり、実在、実相である。
これが1つなる宇宙の本源本質である。
原因なき、原因、処女解任である。
宇宙は中性なる永遠なる実在の愛の生命体である。
1つなる生命体が様々な形態を顕し、生命が形態を通して顕れている。
形態があるのではない。生命が形態を通して生命が顕わてているだけなのである。
見えるものがあるのではなく、見えない生命が形態を顕し、生命が生きているのである。現象は生命によって造られた生命の顕現道具である。神の宮である。
人間が死ぬということは実在していない現象であるということである。
実在とは永遠ということである。消えて行くものはすべて仮相であり。実在していない。幻想である。実在が仮相を通して実相なる神が顕れている。我は人間ではなく、神なのである。
宇宙は1つなる神一元の世界である。現象をあると思う心が自らを自縛させている。
1つなる実在なる生命のみが宇宙には実在している。これが神であり、仏である。
神、仏が様々な形態に宿り、神、仏が現象を顕している。八百万の神を顕している。
八百万の神がいるのではない、1つなる神が八百万の神を顕しているのである。
すべてが神ななのである。
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