2022年7月16日土曜日

見えるもの、見えないもの 原因、結果の法則


 見えるもの、見えないもの 原因、結果の法則

宇宙のたった1つの生命が万象万物を現わしている。これが神であり宇宙生命である。万象万物は一なる生命の現われである。この1つなる生命が実在しているだけである。見えるものはすべて1つなる生命体が見えるすべての根源になる。この見えない実在しているものを現わすものとして神という字を当てている。神様が特別に存在することでない。存在するという宗教があるとすればそれはまがいものである。
すべては1つなるものの現われである。この1つなるたった1つの法則を神、仏、天照大神と呼んでいるに過ぎない。見えるものは1つなるものの現われ。すべての万象万物は同じものであるということになる。色心不二である。宇宙は1つである。人間も1つなる生命の現われである。人間は1つの生命である事に気づかず、1つの中で、見えるものがあると信じ、争いを繰り返している。生命は永遠であり、人間も現象として現れているだけであり、形が変化するだけで、なくなることはない。何故、このことに人類は気づかないかというと波動が低いために気づかないだけである。見えないものは永遠、見えるものは見えないものの現われ。現象になる。1つなるものの中に2つはない。見えるものはすべて現象である。万象万物は現象であるということになる。原因は見えない。見えるものは結果であり、すべては1つなるものである。


2022年7月14日木曜日

心身強健術の意味


 心身強健術の意味

肥田式強健術は心身強健術である。
一般的に肉体を鍛錬することで、身体の能力を高めようとするが、肥田式強健術は心身を共に鍛え、能力を引き出そうとするものである。
肥田式強健術の中に八大要件というものがある。これは肉体と心を共に鍛える内容である。肉体は心によって動かされてしまう。宇宙は陰陽の法則で動いている。バランスでエネルギーが初めて使える。肉体だけを鍛えてもエネルギーは引き込むことはできない。肉体だけを鍛錬するとバランスを失う為、肉体を痛めてしまう。
肉体は何の為に存在するのか?自分の為に使い、自分の能力を高め、自分がより良く生きる為に使うのではない。宇宙の無限大のエネルギーを地上界に降ろし、地球の波動を上げる為に肉体は作られている。地球波動が上がれば争いはなくなる。
目に見えるものは現象である。形であり、外観である。実際にあるものは外観の中身である。中身がなければ外観は現れることはない。中心なるもの、中なる心がなければ外観の形が現れることはない。肉体は中心なる心、エネルギーがなければ肉体は使うことはできない。
心身は1つであり、肉体は現れている結果、心は現象を現わしている原因。2つで1つである。肉体と心は別々のものではない。現れている肉体は心、エネルギーによって肉体は作られ、現れている。中心なるエネルギーにより肉体は動かされているのである。肉体は初めからあったのではない、作られたものである。心、中なる心によって、エネルギーによって造られたものである。形はエネルギーと質料のバランスによって肉体は現れている。肉体はエネルギーを現わす媒体であり、肉体は人間が人生を生きる為にあるのではない。



2022年7月12日火曜日

天寵無限


 天寵無限

肉体を持つ人間は肉体を我と思っている為、力を得ようとする時、筋肉を鍛えようとする。
肥田式強健術は正中心、聖中心という字を当てている。
肥田先生の書に「天寵無限」という字がある。これは何を意味しているのか?
宇宙は無限大のエネルギーであるという意味である。無尽蔵に使っても減らないエネルギーであるということである。このエネルギーをどのようにして引き込むかということである。
肥田先生は人間は神の子であり、神の器であると云われることと肥田式強健術が聖中心道の名前を使っている意味は宇宙の力を肉体を通して受け流す鍛錬が肥田式強健術であるということである。それには宇宙と一体になり、無我になり宇宙エネルギーを取り入れる。取り入れるというのではなく、無限大の宇宙エネルギーを受け流す媒体が肉体であり、宇宙エネルギーが我であるということである。
無限大の宇宙エネルギーを引き込む意味はバイブレーションの高い波動を地上界に降ろすことであり、地上界の波動を上げることで争いを無くそうとする意図が肥田先生にあったのではないかと思う。肥田先生も万物の霊長である人間のすべき使命を感じていた。肉体を鍛錬して自分の肉体の能力を高めるためのものだけに作られた鍛錬法ではないと思う。
自我では天の力を使うことはできない。天と一体になることで初めて使うことができる。
霊肉一体で使う。それが気合である。気合、気は天であり、天と一体になる。肥田先生が最初に出された心身強健術の本の冒頭に「気合で鍛錬する」と書かれている。この意味をしっかりと受け止めなければならない。
このブログは自分の鍛練のために書いているブログである。肥田式の鍛練者の方々には参考にならないかも知れない。


2022年7月11日月曜日

伸ばせばバター如く、縮めば鋼鉄の如く


 伸ばせばバター如く、縮めば鋼鉄の如く

人間の身体は「躬」という字を当てていた。身体は弓のように使うということである。
上半身と下半身の使い方が真逆であるということである。伸ばせばバターの如く縮めば鋼鉄如く動く筋肉という筋肉はゴムのような筋肉である。
身体の力の配分で中心力10、部分力9の割合で使うということは上半身には筋肉を付けてはならないことを意味する。筋肉を付けるということは筋肉は固くなり、自由性を失ってしまう。上半身は伸ばして使うことで遠心力を利用することができる。抜刀術で刀を使う時、切っ先3寸と云われている。遠心力を使うことで絶対に身体を痛めることはないことを肥田先生は断言している。遠心力を使うということは宇宙の力を引き込むということである。
宇宙のエネルギーを身体を通して引き込む方法でもある。宇宙はエネルギーそのものである。
人間は宇宙生命を現わす媒体として存在してしている。たった1つなる生命があるだけ。我は宇宙生命なり。我は神の器であり、神の子である。すべては神である。神とは見えない1つなる生命エネルギーのことである。宇宙の永遠なる生命がすべての根源である。見えないものを現わす言葉として神という字を当てているだけで神様が別に存在しているわけではないのである。宇宙の原子と電子を神、仏、天照大神と云っているだけである。宇宙は無限生命体であり、万象万物はすべてが神の化身である。無限の中に有限的な神は存在しない。1つなるものの中に2つは存在しないのである。

2022年7月10日日曜日

すべてを動かす原動力は宇宙生命エネルギーなり


 すべてを動かす原動力は宇宙生命エネルギーなり

1つなる生命が宇宙の現象万物万物を現わしている。人間も宇宙内に現象している万物の霊長である。人間は肉体ではなく霊である。宇宙は霊生命である。人間は宇宙の生命によって造られていることに気づかず、宇宙を解明しようとしている。人間の存在を理解しない限り宇宙の謎は明かすことはできないと思う。人間は聖書に書かれているように塵にて息を吹き込まれたということを理解していない。このことが理解できれば1つな生命のなかで絶対に争うことはしないはずである。
人間を動かしているものは見えないものによって動かされている。
見えないもの
  • 生命
  • 意識
  • 想念
  • 言葉
肉体は意識によって動かされている。意識は1つなる宇宙意識があるのみ。人間は宇宙の意識波動によって現象化している。実在しているのは生命、中性の生命体が独存している。無限生命が独存している。この1つなる生命が様々な形態を作り、八百万の神を現象化している。
すべては1つなる生命の現われである。宇宙の根源はこの1つなる生命が根源である。見えるものがあると信じる心が人類を惑わしている。1つの中に見えるものは存在しない。見えるものはすべて1つなるものの現象である。
実在しているものはたった1つの生命体が存在している。他に実在しているものはないのである。現象しているものは幻影であり、変化してしまう質料である。実在しているもの絶対になくならない永遠なる中性生命体が実在しているだけである。

2022年7月9日土曜日

意識は吸引力なり


 意識は吸引力なり

意識によって様々な現象を現わす宇宙の生命体。想念は実現の母と云われるように想念意識によって現れる世界が宇宙という霊界の生命体である。
原子と電子の世界である。
宇宙は絶対なる中性バランスである。このバランスを失うことはないが失うとすれば宇宙は存在しなくなる。宇宙は愛の法則と云われる。吸引の法則、陰陽の法則である。自然界はこ゚の法則に基づいて生命活動をしている。低波動のため形を持っているため、作用、反作用の力を使って生命活動をしている。
すべては1つなる生命の現われである。すべての根源は宇宙の絶対バランス、中性力である。
すべては此処から始まっている。人間にだけ自由意志が与えられている。想念という意識である。意識は宇宙には1つしかない。この意識を人間は仮相の現象で使うか?神の意識で使うかの選択権を与えられている。元々宇宙生命体である我に戻らなくてはならないが、仮の宿で
生老病死の世界を楽しんでいる。宇宙は意識霊界であり、想いによって変化する世界である。
自由自在にできる世界である。観自在、無碍自在の世界。今、敢えて不自由な形の中に本来の我(意識)を置いている。形を自分と思っているため本当の我に戻ることができない。肉体離脱とは意識のバイブレーションを上げて行くことである。元々生まれた所に戻って行く。意識によって行う。お金はかからない。無料である。自分で波動を下げてしまっているため、自分で元の波動に上げて行かなければならない。


2022年7月8日金曜日

肉体は意識によって動かされている。


 肉体は意識によって動かされている。

意識がなくなれば肉体は動かない。意識は1つである。宇宙意識があるのみである。人間は宇宙の塵で人間の形を作り、息を吹き込まれたと聖書に書かれている。人間の形は宇宙の質料であり、質料には何の力もない。宇宙の息、生命エネルギーによって肉体は作られ、息によって生かされている。この肉体は肥田先生が云われるように神の器であり、神の子である。この器はどのように使えば良いのか?意識は1つである。宇宙意識があるのみである。肉体は意識によって動かされる器である。人間という意識で肉体を動かす時、小さな力しか使えないが神によってつくられた器であるという意識で動かす時、宇宙力、全知全能の力を使うことができる。宇宙と一体感になる時、この力が使えるように作られている。
肥田先生はこの力を使える人であったと思う。肥田先生は著書に「聖中心道」という字を当てている。形には必ず中心がある。その中心と宇宙の中心はつながっており、宇宙そのものが我であることを知っていたのではないかと感じる。鍛錬も中心に入れば数回で良いとも云われている。