2021年11月16日火曜日

幸せに生まれているのに何故外に幸せを求めるのか?

現象界での幸せの求め方は小さい内から知識を 学び、良い教育を受け、良い大学に入り、良い会社に入り、沢山のお金を取り、豊かに生活をしようと思っている。
一生懸命働き、マイホームを買い、良い車を買い、体に良い健康なものを食べ、病気になったら有名なお医者さんにかかる。がんになっても大丈夫なように生命保険に入る。
果たしてこれが豊かな生き方なのだろうか?
宇宙は最初から完全バランスの永遠なる生命体である。その中に万象万物は存在している。初めから完全なのである。初めから幸せなのである。無いと思っているだけである。
何故それに気づかなくなってしまったのか?人間は万物の霊長と云われている。万物は霊である。気体である。気体の循環で、山の木々から水蒸気が上がり雲になって行く。それが雪になり、霰になるようなもので人間はこの水蒸気のようなものである。形は消えて元に戻る。
この人間という形に囚われて生き、生老病死に囚われ、諸行無常の世界の中で幸せを求めようとしているが、本当の幸せは求められない。本当の幸せはすでに持っている。幸せの青い鳥はいつでも内にいる。
お茶の中の利休の言葉に次のように書かれております。「家居の結構、食事の珍味を楽しみとするは俗世のことなり、家ハもらぬほど、食事は飢えぬほどにてたる事也」と。
この世を、俗世、仮の宿、浮世と云われている。本宿があるということです。