暗示と啓示
暗示は外から来るもの、啓示は裡から来るもの。
外は闇、裡は光。現象は想いによって具現してくる。内なる心により肉体を通して具現してくる。内なるものを具現するか?外を意識して具現するかは本人の自由に任されている。
外を見て具現するものは不完全なるものが顕れる。裡を意識して顕れるものは完全なるものが顕れる。モノを造る時、意識が高い人間が造る時、良いものができるが、外を意識して造るものからは不完全なものしかできない。意識レベルによって造られるものが変化してしまう。
原因、結果の法則である。想いが正しければ正しいものが顕れる。結果を求めては良い結果を求めようとしても求めることはできない。すべて想念の仕方で決まってしまう。
モノを具現する力、知恵は外ではなく、裡にある。
人類は今、内なる無限大の力、知恵を使わず、結果の現象の中で結果をだそうとするため、
不調和を起こし自ら生きる為の環境を自ら壊しながら生きている。
人間は万物の霊長であり、現象の暗示の生き方から心の啓示の生き方に変えることで人間という仮相から本来の我に戻って行く。宇宙は無限生命であり、永遠である。永遠の中に居て有限的な生き方を敢えてしなくても良いのではないか?人間と思う心が自分を自縛させている。本来は人間ではない。細胞の集合体の形が人間と呼んでいるだけである。生老病死は肉体を自分と思う心が造り出す。自分が細胞体と思えば肉体が自分ではないことに気づく。病気は肉体を自分であるという自我の心が作り出す。自我は存在しない。バランスが生命であり、自分である。見える姿、形が自分ではない。本当の自分は見えない中なる心、中心、意識が我である。