本来の我は観自在、無碍自在
宇宙は1つなる中性の生命体。見えない生命体。この生命体の中に万象万物は生命の現象として現れている。すべては1つなる生命が現わしているだけに過ぎない。人間には自由意志が与えられ、現象、人間が実在していると思うことも仮相であると思うことも自由である。何故、現象をあると思っては行けないのかというと1つなる生命は全知全能の力、知恵であるものを小さな小我の人間があると思ってしまうと宇宙の力が使えなくなってしまう。井の中の蛙になり小さな形の枠に囚われ、本来の自分の力が使えなくなってしまう。宇宙は何の制限もない。観自在、無碍自在の世界である。
人間が無我の境地になると力が出るのは人間という小さな枠を取り払うことで宇宙と1つになることで宇宙の力が使える。これが本来の我だからである。宇宙は無限生命体である。無限生命の中に有限なる人間は存在しない。見えるものは1つなる生命の現象であることが理解することで宇宙の力が使える。宇宙力が我である。
人間という姿、形は全知全能の力、知恵を現す器であり、人間という存在はないということになる。本来の我は形は持たない。無形無相の宇宙生命体である。人間と云う見える象に囚われてしまうと本来の我を現すことができなくなる。今まで人類は人間という幻想から抜け出せないでいる。
本来の我は観自在、無碍自在なる自由なる宇宙の生命が我であること気づく為の現象界である。本来の我は姿、形を持たない我である。空である。そのものに1体になって行く。これを如何に実感して行くかにかかっている。