宇宙法則と聖中心道
宇宙はたった1つの法則であり、聖中心という言葉も宇宙を現わしている。すべての万象万物は1つなる生命体の現われである。中心、中なる心、これが本源、本質である。絶対調和、中性バランスこれが宇宙であり、聖中心である。
1つなるものの中に2つはない。見えない生命が肉体を通して現わしている。肥田先生は常に自分を持たない。常に無我の状態でおられる。聖中心ということは其処には自分は存在しないということである。自分というものを持ってしまうと宇宙の無限なる生命エネルギーを引き込むことができない。無限の生命エネルギーは無限生命と一体とならない限り引き出すことはできない。聖中心とは宇宙と一体という意味である。肥田先生は永遠なる生命体になっているということである。肉体離脱をされているということである。肉体から離れているということである。其処には死はない。大悟徹底とは人間を卒業したということである。
人間は実在しない。人間は神の子であり、神の器であると肥田先生が云われるのはこ゚の自覚をすでに持っているということである。また光という言葉も使われるのも聖中心は光であることも自覚している。この世で一番強い人間は地位、名誉、お金、命もいらない人間であると云っている。人間の根源は人間ではなく、形を持たない原子と電子である。宇宙の愛の法則が我であるということを云わんとしている。そうではないと肥田先生が云われたら肥田先生は偽物になってしまう。一般の人たちには中々これが理解できない。
肥田式の形を学んでも意味はない。肥田式の型を使って自分の中に内在している神と向き合う。これが肥田式の奥に隠されている真理である。真理は神である。聖中心である。