蓮の実は非常に硬い。人間の自我に例えている。
すべての植物は光に向かって伸びて行く。
宇宙は完全なるプロフェクトバランス、中性である。全知全能の力、知恵でもある。万象万物、人間はこの宇宙力によって現象化している。現象化しているものの中には必ず造り主が宿っている。原因結果の法則である。原因結果は1つである。宇宙は1つなる生命体であり、生命は光であり。霊光である。
人間も消え行く現象であるが現象の中に光の種が蒔かれている。この光の種が蓮の実である。
泥の中に蒔かれた光の種に気づき、諸行無常の変化の中で本当の我に気づき、華を咲かせて行く。泥は光の栄養であり、これを力の原動力にし、芽を出し、地上界で華を咲かせる。
華を咲かせることを悟りと云われている。現象の我から空の我に戻る。
汝の内に仏の種が、神の種が蒔かれているのである。宇宙は1つなる生命体、光である。
光りの中にいる分光が我である。光の中に闇は存在しない。形を見てその形を自分と錯覚していることが闇なのである。ないものをあると信じる心が本当の自分を見失わせている。
蓮の華の種は自分自身の中に蒔かれている。こ゚の種が神、仏なのである。お釈迦様も自灯明、法灯明、汝に主としなさいと。自灯明、法灯明が仏であり我であることに気づきなさいと。
現象の人類すべての人の中に神の種、仏の種が蒔かれている。これを人類はこの神の種を開花させて行く。この神の種は1人、1人が自ら華をさかせる。この花を他人に頼って開花させようとすると食いものにされてしまう。甘い蜜を吸わて開かず仕舞いになる。
外に答えを求めるなかれである。神、仏は全知全能であり、全知全能の力、知恵は汝の内にありである。この華が本当の我なのである。現象界でこれに目覚め、自覚することが現象界で成すべきことである。